
ジェノサイドを経験すると、長期的には私たちの身体と心にどんな影響がでるの?
身体への影響
2000年にカンボジアで行われた調査によると、ジェノサイド当時10代前半だった、35~39歳の女性は、成人女性(20~49歳)の中で最も身長が低いという結果がでました。彼女たちは身長だけではなく、身体全体の発育不全に陥っていた可能性が高いと考えられ、思春期の栄養不足が生涯にわたる低身長につながる可能性があることを示しました。

また、上記のカンボジアでの調査では、ジェノサイド当時に子どもだった成人男性の間で、生涯にわたる身体的な障害や機能低下を負った割合が高く認められました。これは、爆弾、地雷、あるいは様々な武器にさらされる環境にいたためです。

こころへの影響
ジェノサイドを経験した人々の間に見られるメンタルヘルスの問題は多くの研究で取り扱われています。
ジェノサイドから1年経った1995年にルワンダで行われた研究では、8歳から19歳の1,547人にインタビューを行いました。
その結果は以下の通りです。
・ これらの子どもたちの90%以上が生命の脅威や殺害の目撃経験をもっていた。
・ 30% がレイプや性器切除を目撃していた。
・ 50ー60% が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあり、その割合は男子よりも女子で高かった。
ルワンダでは、ジェノサイドから17年後に、20~35歳(1994年のジェノサイド当時は3~18歳)の人々の心理状態を調査する別の研究が実施されました。
その結果、以下のことが明らかになりました。
・ うつ病、自殺願望、不安といった精神的な問題は、ジェノサイドから17年が経過した時点でも、男女ともに多く見られた。
・ 30ー40% が不安症に、また10ー20% がPTSD、自殺願望、うつ病を患っていた。


ジェノサイドが終わっても、それを経験した人々は長い間、こころと身体の問題に苦しみ続けているんだね…。
こんな恐ろしい出来事を子どもたちが経験するなんて、考えただけでも悲しくなるね。

ジェノサイドは生存者以外の人々の健康にも影響を与えるの?
ジェノサイドは、生存者だけでなく、その子供たちの健康にも影響を与えます。
2019年にルワンダで行われた研究(ジェノサイドから25年後)では、ルワンダの若者(24歳)を下記のように3グループに分け、精神的・身体的な健康状態、そして幼少期の有害な経験(性的虐待、身体的虐待、薬物乱用者の家族との同居など)を比較しました。
グループ1: ジェノサイドのレイプによって妊娠した女性から生まれた人
グループ2: ジェノサイドを経験したがレイプは受けていない女性から生まれた人
グループ3: ジェノサイドやレイプを経験していない女性(例:ジェノサイド発生時に海外に住んでいた)から生まれた人
他の2つのグループと比較して、ジェノサイド時のレイプによって生まれた人々は以下のような結果となりました。
・ 幼少期の有害な体験の数が有意に多い
・ PTSDとうつ病のレベルが有意に高い
・ 身体機能が低いと感じたり、体の痛みに苦しむ傾向がある
これらの結果は何を示唆しているのでしょうか?
母親のストレスが胎児の発育に影響を与えることはよく知られています。ジェノサイドを経験することは、妊婦にとってすでに大きな出産前ストレスとなります。さらに、ジェノサイド中にレイプされた女性は、強い羞恥心と罪悪感を訴えることが多く、これもまた、母親自身と胎児への大きなストレスとなります。
また、ジェノサイドでのレイプによって生まれた子どもたちは、自らの出生について強い羞恥心を感じ、家族や地域社会で差別を受けることが多くあります。
こういった他の人々が経験しない産前、産後および幼少期のストレスは、生涯にわたる身体的および精神的な健康状態に影響を及ぼします。


彼らは何も悪いことをしていないのに、心身ともに苦しみ、周りから差別を受けるなんておかしいよね。

ジェノサイドは、個々人の健康以外にどういった影響があるの?
ジェノサイドは、個人の健康問題に加え、病院などのインフラを破壊し、医療システムを崩壊させます。
例えば、ジェノサイド中に多くの医師が国外に逃亡したり、医療従事者が殺害されるため、国は医療従事者不足に直面します。
また、多くの医療施設が破壊されることで、治療の提供が滞り、子どもたちの予防接種スケジュールが中断されます。これらの被害からの回復には、多大な時間と費用がかかります。
ここでは、ジェノサイド後の保健医療システムの劇的な復興を成し遂げたルワンダの取り組みを見ていきます。
1994年のジェノサイド後、政府は強力なリーダーシップとガバナンスによって保健政策改革を進めました。
全国規模の保健サービス提供システムや保健情報システムが導入され、また、NGOが単独で活動することを許可せず、政府と連携して活動することを義務付けました。
中央レベルでの強力なガバナンスに加え、政府は地方レベルでの意思決定を分権化し、地域の保健医療従事者の能力向上を図りました。
政府はまた、Mutuelle de santéと呼ばれる地域医療保険制度を導入しました。
この医療保険の特徴は以下のとおりです。
・ 2025年現在、人口の80%以上がこの医療保険に加入している。
・ ほとんどの人が年間約2ドル(USD)の支払いで保険に加入できる。
・ 地方の保健センターから国レベルの病院まで、幅広い医療施設で提供される医薬品と医療サービスをカバーしている。
・ 一部の治療はこの制度の対象外だが、国は毎年対象治療を追加している。乳がんの治療は2025年に追加された。
・ この制度により、国民の医療に使う自己負担額が最小限に抑えられ、手頃な価格で医療を受けることができるようになった。その結果、多くの人々の医療へのアクセスが向上した。
こういった努力の結果、以下のようにルワンダの人々の健康・公衆衛生の状態は劇的に改善しました。
・ 出生時の平均寿命が大幅に延長
・ 5歳未満児の死亡率が低下
・ ワクチン接種率は1995年の30%から2015年には94%へと急速に向上


ジェノサイドの経験は恐ろしいけれど、ルワンダのヘルスシステム改善のお話を聞くと、とても嬉しくなるね。
ガザでもジェノサイドが終わったら、こうやって頑張っていかないといけないわね。
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